「広末氏の早大入学」とは何だったのか

広末涼子氏のスキャンダルそれ自体については、個人的に全くもってどうでもよいのですが、「広末氏と早稲田」という問題については、本講座が目を背けることはできないと考えますので、思うことを書きたいと思います。

私自身、中学から高校にかけて広末氏のファンでした。それでもやはり、広末氏が早稲田大学入学を希望しているという話になった時には、当時精神的に未成熟ながらに、何かすごく不当な扱いをされたという気持ちになり、以後同氏に全く関心がなくなりました。高校に在籍していた時のことでした(受験の年ではない)。

私は現役では早稲田に合格できませんでした(本講座受講者の現役合格のためにはあらゆる手段を尽くします)。そして、広末氏の早稲田入学に劣らず早稲田大学が世間をお騒がせすることになる事件が明るみとなりました。「地方からの学生」が標的となり、人格が踏みにじられたあの忌まわしい事件です。正直私は、早稲田を受けるのが自分にとって良いことなのか悩みましたが、心のわだかまりに何とか蓋をし(完全にそうすることはできませんでしたが)、受験することを決めました。

広末氏の入学と例の事件はほぼ同時期でしたが、個人的にそれは単なる偶然のいたずらだとは思っていません。当時の日本社会にせよ早稲田大学にせよ(世界的にも)、何か「価値基準」が大きく揺らいでしまっていた時期だったように思います。

私が早稲田に入学したのはこの2つの事件が起こった直後でした。早稲田大学での勉強は本当に楽しかったですし、興味を持って真剣に学んだことを正当に評価していただけました。

広末氏の入学と例の事件は、間違いなく早稲田大学の社会的評価を非常に大きく下げたといえます(後の「STAP細胞事件」も)。そして、広末氏があのような形で入学できてしまったことは、広末氏自身の人格形成にも好ましくない影響を及ぼしてしまったのではないでしょうか(もしかしたら現在に至るまで)。

大学にとって「宣伝」はもちろん非常に重要ですが(まして私立大学なら)、一般的な早大志望者のモチベーションを大きく削いでしまっては話になりません。

そして最後に私が言えるのは、「有名人」(たとえ「国民的」であろうと)が、「単に有名人である」というだけで存在感を放てるほど早稲田大学は生易しい学びの場ではないですし、早稲田大学も90年代末~2000年代初頭の不祥事による評価に甘んじているような大学ではないということです。

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